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第VII部 · 第VII部

正直な現状と未解決の問題

ここにあるものはいずれも完成として提示されてはいない。この教義は、自らの生きた賭け金を取り繕うのではなく、公然と担う。不労の地代は、生産的な剰余から真に分離可能なのか、それとも課税された「地代」は、移転可能な賃金関係の剰余であると判明するのか。固定化された発見の最前線は、ますます有能なセンサーで武装した未来の多数派に抗して持ちこたえるのか。是正のループは、まさに最も肝要な場所である遅延の内側で行動しうるのか。そして制定の前提条件:それを制定する涵養された市民的質料なくして、いかなる規則集も良き結果を設計することはできない。

これらは問題として述べられており、標語として解決されてはいない。未解決の問いを隠す教義こそ、まさにそれらの問いにおいて失敗する公算が最も高いからである。

その意味するところ

ここに提示されるもので完成したものは一つとしてなく、本節は生きた賭けを隠すのではなく名指す。不労の地代は、生産的な剰余から真に分離可能なのか、それとも課税された「地代」は、実のところ場所を移しうる賃労働関係の剰余であると判明するのか(マルクスの居座る反論)。塹壕に守られた発見の最前線は、ますます高性能なセンサーで武装した未来の多数派に抗して持ちこたえるのか、それとも壁は浸食されるのか。是正の環は、まさにそれが最も重要となる遅延の内側で作用しうるのか、それとも常に一歩遅れて到着するのか。そして施行の前提条件。すなわち、いかなる規則群も、それを施行する涵養された市民的な素材なしには良き結果を設計しえぬのであれば、その素材はいかにして育てられるのか。これらは、破れうる箇所を印しつつ、問題として担われる。

価値統治がそれを必要とする理由

未解決の問いを隠す教義こそ、その問いにおいて最も破綻しやすく、国家の元首に差し出される教義は、自らの知の際について正直でなければならない。本節が存するのは、未解決の問題を、自信で塗り隠すのではなく、試されるべき賭けとして、公然と担うためである。

他の手法との比較

この構えはポパーの開かれた社会と可謬主義であり、真摯な教義は、いかなる条件のもとで反証されるかを述べる。分離可能性の賭けはマルクスの最も深い反論であり、回避されるのではなく引き受けられる(マルクス)。施行の前提条件はノースとアセモグルおよびロビンソンのものであり、制度はそれを施行する市民的な素材を必要とする(ノース国家はなぜ衰退するのか)。教義全体へ戻るには、ザ・システム